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最高裁判所第一小法廷 昭和25年(オ)408号 判決 1954年1月28日

石川県石川郡河内村字八幡

上告人

山田長祥

右訴訟代理人弁護士

数馬伊三郎

金沢市広坂通 石川県庁内

被上告人

石川県農地委員会

右代表者会長

柴野和喜夫

右当事者間の行政処分取消請求事件について、名古屋高等裁判所金沢支部が昭和二五年一一月四日言渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告理由第一点 上告人が第一審第一回準備書面に記載した所論の事項は、第一審においては準備手続及び口頭弁論期日において陳述されていることは、所論のとおりである。しかし、原審において上告人(被控訴人)が請求原因として主張したのは、上告人も認めるがごとく第一審判決事実摘示の通りというだけであつた。そして、第一審判決事実摘示によれば、この点について上告人は、「又右農地の買収には、石川県農地部長其の他の者の使嗾に因り、右河内村農地委員会委員が自己の意思を歪曲し、事実を無視して本件の買収を強行した違法がある」と陳述しているに過ぎない。この陳述に対し原判決は、かかる事実は「これを認むるに足る証拠なく、却つて成立に争のない乙第一、第五号証によれば、このような事実のなかつたことが推認できるから本主張もこれを採用するわけにいかない」と判示している。それ故に、原判決には所論判断を遺脱した違法はない。所論は、なお第一審第一回準備書面による主張事実を維持するや否やについて、原審は釈明義務を怠つた違法があると主張するのであるが、当事者がいかなる事項をいかなる範囲において請求原因として主張するやは、その自由に属するものであつて、所論の事項につき裁判所が特に釈明を求むべき義務があるとは認めることができない。それ故に、原判決には所論の違法は存在しない。論旨は採ることができぬ。

同第二点 所論は、原判決は自作農創設特別措置法施行令一条三号の解釈適用を誤つた違法があると主張するのである。しかし、当初現役で入隊したとしても、その後志願して下士官となつた時からは自ら進んで軍務に従事したものと認め、同令一条三号にいわゆる召集によるものと言うを得ないとした原審の判断は、正当であつて違法と認むべきかどはない。論旨は採るを得ない。

同第三点 所論は、原判決の事実認定に副わない新な事実を前提として原判決の違法を主張するのであるが、かかる主張は上告適法の理由と認めることはできない。それ故、論旨は採るを得ない。

よつて民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、全裁判官の一致で主文のとおり判決する

(裁判長裁判官 岩松三郎 裁判官 真野毅 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 入江俊郎)

昭和二五年(オ)第四〇八号

上告人 山田長祥

被上告人 石川県農地委員会

上告代理人弁護士数馬伊三郎の上告理由

第一点 原判決は上告人の事実主張に付何等の判断をして居ない。

即ち上告人は原告第一回準備書面に於て原告(上告人)が昭和廿年八月十五日以前の応召者なるが故に「河内村農地委員会も昭和廿弐年五月二十三日原告(上告人)を在村地主と看做し本件農地を買収しないことにした」然るに「石川県農地部長古郡節夫は昭和二十三年七月二日河内村委員長に対し何等の法律上の理由がなく又農地調整法第十五条の十八の規定の手続によらず同村農地委員会をして本件農地を買収すべき違法な命令をしたので同委員会は本件の違法な買収決定をし被告(被上告人)は亦本件農地買収に対する訴願の裁決を行つたのである旨主張して居る。其の意は(一)河内村農地委員会が昭和廿二年五月廿三日に為したる上告人を在村地主と看做し本件農地を買収せざる旨の右議決は其の後一ヶ月の法定期間内に再議に付せらるゝことなく又県知事より其取消請求がなかつたので確定し(農地調整法第十五条の十八参照)たのだから右法定期間後なる昭和廿参年七月弐日発せられた農地部長の指示に基き為されたる前示買収決定は違法であり之を是認した右訴願の裁決も亦違法である(二)同農地委員会の右買収決定は農地調整法第十五条の十八所定の手続に因つたものでない(三)右買収決定は石川県農地部長の命令に依るものなるが県農地部長には農地委員会の議決に対し法令に違反し又は著しく不当なるときと雖も再議に付し又は取消を請求する権限はない。従つて右買収決定及之を是認する訴願の裁決は違法だと云ふ趣旨なること明瞭である。而て右準備書面は昭和廿四年四月六日第一審裁判所第二回準備手続に於て陳述され該準備手続の結果に同年八月十一日の第一回口頭弁論期日に於て陳述せられて居る。然るに右事実主張に対し第一審裁判所は勿論控訴裁判所も亦何等の判断をして居ない。尤も上告人は控訴審に於て第一審判決事実摘示通りと請求原因の事実主張をして居るけれども第一審判決に右の如き遺脱があるのだから控訴裁判所に於ては前示第一回準備書面に依り主張する事実主張を維持するや否や釈明を求むべきに不拘之を為した形跡はない。然れば原判決は判断を遺脱し理由を付せざるか尠くとも釈明権を行使せずして漫然為された審理不尽の違法があり到底破棄を免れぬと信ずる。

第二点 原判決は法令を誤解し適用を誤つて居る。即ち原判決は「被控訴人(上告人)が昭和十二年一月十日現役として入営し其の後志願して下士官になつたことは当事者間に争なく、成立に争のない甲第九号証乙第八号証によると被控訴人(上告人)は昭和二十年十二月一日予備役に編入されるまで現役軍人として勤務していたことが明かである。前記施行令第一条第三号に於て昭和二十年八月十五日以前の召集を特別事由としたわけは過ぐる日華事変又は太平洋戦争に際し召集により其の意によらずして軍務の為住所を離れた者までも一般の不在地主と同様に取扱うことは酷に失するとしてこれ等の者を除外する為に定められたものと解するを相当とすべく被控訴人(上告人)が現役として入営したのは兎も角其の後志願して下士官となつた時からは自ら進んで軍務に従事したものと認むるの外なくその時以来被控訴人(上告人)は自らの意思によつて不在を続けたものといわなければならない。」と述べて居る其の趣旨は要するに昭和廿年八月十五日迄に召集されたものは一応在村地主として取扱はるゝが志願して下士官となつたものは其の故に、其の制裁として不在村地主と看做され其の所有農地を享受する利益を剥奪さるゝと謂ふに在る。然し自作農創設特別措置法施行令第一条第三号は単に昭和廿年八月十五日以前の召集とあるのみで下士官志願者を除外しないのみならず昭和廿一年一月四日総司令部メモランダム第一号公職追放に関する命令文中の所謂職業的軍人中現役下士官を含まないこと顕著な事実で右職業的軍人すらも公職追放こそさるゝが戦前戦時中正当に得たる財産を剥奪さるゝことない事を稽ふと原裁判所の右法律解釈は全く根拠なき誤れるものなることは明白である故に上告人が下士官志願したことに依り上告人に対し右自作農創設特別措置法施行令第一条第三号の適用なしと断じたのは法の適用を誤つたもので破棄を免れない。

第三点 自作農創設特別措置法施行令第一条第三号の法意、其の制定の趣旨は原判決の説くが如きものと仮定するも

(イ) 日華事変以来太平洋戦争を通じ陸軍に於ては現役兵が除隊されんとするとき又は成績優秀なるとき下士官に進級せしめ、現役に残るべきことを慫慂し(特に上告人の如き特殊技能を有する衛生兵等には多かつた)兵も亦除隊後直に召集さるべき運命に在ることを想ふて之に応じ現役志願したもので形式こそ志願になつて居るけれども其の実兵の自由なる意に依つたものでないことは顕著な事実である。原裁判所は須らく上告人が下士官志願するに至つた事情を精査し真に上告人の自由意思に依り志願するに至つたものか否かを究むべきに不拘之を為さず下士官志願の事実を捕へて自から進んで軍務に従事したりと断じたのは審理不尽と謂はねばならぬ。

(ロ) 兵役法施行法第十七条に依ると兵は下士官を志願するときは弐年に限り現役期間を延長し之を在営せしめらるゝことを得ることになつて居る。されば下士官志願者が志願の時より二年経過後更に現役延長の志願の事実なきに不拘依然現役に服し居たとすれば原判決の示した法意に依れば其の後の服務は兵の「意に因らずして軍務の為め住所を離れた」こととなり之等の者を「一般不在地主と同様に取扱ふことは酷に失し」此時から前記施行令第一条第三号の適用を受け在村地主と看做さる訳である然るに原判決は上告人が下士官となるに付志願した事実のみを認め其の年月日、及幾回現役延長を志願したか即ち昭和廿年八月十五日上告人の現役服務が志願の期間中であつたか否かを示して居ない理由不備であり亦審理不尽の違法ありと謂はねばならぬ。

以上孰れよりするも原判決は到底破棄を免れずと信ずる。

以上

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